もくもくプロダクトマネジメント( @Nunerm )

プロダクトマネジメント・エンジニアリングマネジメントなどについて黙々と

行動経済学から学ぶプロダクトマネジメントに潜むバイアスたち

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これは何か

行動経済学プロダクトマネジメントに活かすために、人の様々な行動パターンやバイアス、そしてその活用方法を自分なりに整理したものです。

※記事の最後に参考にした文献を記載しています。
※とてつもなく長いのでブックマークして必要な時に参照するのがオススメです。
※今後も日々更新・追記していく予定です。

 

インデックス

 

更新履歴

  • 2020/05/07 初版
  • 2020/05/10 「人は状況を評価しない(対応バイアス)」追記、文献2件追加
  • 2020/05/16 「人は集団に左右される」「人は状況を評価しない」一部追記、文献1件追加
  • 2020/06/07 Social Proofについて追記、文献1件追加

 

行動経済学とは何か

行動経済学(こうどうけいざいがく、英: behavioral economics)とは、経済学の数学モデルに心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である(Wikipediaより)

自分なりにまとめると、「人間は合理的な判断をする」(=エコノ)という前提で成り立っていた既存の経済学に対し、「人間は必ずしも合理的な判断をしない」(=ヒューマン)という前提で人々の経済活動を分析する学問です。より簡単に言えば「経済学×心理学」です。

例えば、エコノは情報を分析して自分の利益を最大化する合理的な選択を必ずします。しかし周りにそんな人はどれくらい存在するでしょうか。誘惑に負けて不要なものを買ってしまったり、期待値が圧倒的に低い宝くじに手を出してしまったりと、世の中には全く合理的でない判断に溢れています。この非合理を紐解く学問が行動経済学です。

 

 

プロダクトマネジメントとどう関係するのか

プロダクトマネージャーの役割は多岐に渡りますが、その中には「人と向き合う」活動が多く含まれます。「ユーザーを増やすにはどうするか」「ユーザーエンゲージメントを高めるにはどうするか」「ステークホルダーを巻き込むにはどうするか」「経営陣を説得するにはどうするか」などなど。つまり突き詰めると「人がどう意思決定をするのか」「人がどう評価するのか」を見極めることが求められます。

そしてその「人」とはエコノではなくヒューマンです。客観的に見て競合より自社プロダクトの方が確実にメリットが多いのにユーザーが全然乗り換えてくれない、といった悩みはあるあるでしょう。合理的に判断するエコノばかりの社会ならそんな悩みは生まれないかもしれませんが、相手は非合理な選択ばかりするヒューマンです。そこには多くのバイアスや選好が潜んでいるので、それを理解してコントロールしないとユーザーに選択してもらうことは困難になります。

さらに言えば、その「人」には自分自身も含まれます。プロダクトマネージャーは様々な情報を基に意思決定をする機会を多く持ちます。その際に無意識のうちにバイアスがかかってしまい、最適とは言えない意思決定をしてしまうリスクを誰しもが持っています。この「無意識のうちのバイアス」は仕組みを理解して強く意識しないと排除することができません。

 

よって自分自身やユーザー、つまり「ヒューマン」の意思決定のメカニズムの理解のヒントになる行動経済学は、プロダクトマネジメントに大いに役立つと考えています。

 

前提:システム1とシステム2

まず全ての特性の前提となる人々の思考の仕組みから説明します。人間の思考には「システム1」と「システム2」と呼ばれる2つのモードが存在します。

システム1は「直感的な早い思考」です。例えば「2×4は?」と聞かれたら頭を使わずにすぐ答えられると思います。システム1は素早く自動的に働き、今までの経験や印象を基にロジックが構築されています。これは無意識の中の思考のため、自分では感知できません。

システム2は「論理的な遅い思考」です。例えば「48×31は?」と聞かれたら流石に即答はできないと思います。システム2はシステム1で処理できない複雑な問題に対して、論理的に時間をかけて処理します。これは意識的に行う思考のため、自分で感知できます。

普段はシステム1が表に立って働き、システム2は努力を低レベルに抑えた省エネモードで作動し最終意思決定だけを担っています。というのもシステム2を動かすにはエネルギーが必要だからです。つまり働き者のシステム1の意思決定を素早く行い、怠け者のシステム2がダラダラ横になりながら「OK」「NG」をジャッジするイメージです。明らかに複雑な問題に直面したときにはシステム2が重い腰を上げて解決に取り組みますが、それを行うと疲れます。

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https://uxdaystokyo.com/articles/glossary/system1-system2/より引用

 

この仕組みは一見うまく回っているように見えますが、大きな欠陥があります。それはシステム1は想像以上にバカで、システム2は想像以上に怠け者なのです。システム1は難しい問題を簡単な問題に置き換えたり周りに影響されたりと決断に根拠も一貫性もなく、時にはどう考えても間違ってる決断をすることもあります。さらにタチの悪いことに、システム1はスイッチオフできないのです。つまりバグのある状態でも作動させ続けなければいけないシステムなのです。

そして本来はシステム2がそれの修正を行わなければならないのですが、無能な上司の如く「いいんじゃない?」と深く思考することなくOKを出してしまいがちです。またシステム2はキャパシティも少なく好き嫌いも激しいので、忙しい過負荷状態や興味のない・やる気の出ない問題ではより一層この丸投げ傾向が強くなります。

この構造の欠陥によって様々なバイアスと非合理な選択が生まれてしまうのです。

 

 

このシステム1・システム2を前提として、ここから様々なバイアスや行動パターンを紹介しつつ、それを踏まえてプロダクトマネージャーがどういうことに気をつけるべきなのかをまとめていきます。

 

 

人は選択の機会を欲しながら意思決定を避ける

人は基本的に選択の自由を求める生き物です。選択をコントロールできない状態が本質的に不快で、ストレスを引き起こします。書籍「選択の科学」で紹介されている老人ホームでの実験では、何もせず漫然と暮らしている高齢者より、植物を育てている高齢者の方が長生きしたという結果が出ました。これは自己決定権、つまり「植物の育て方の選択の自由」があることによって生まれた活力によるものと言われています。

だからといって選択肢が多すぎると困ってしまいます。人が選択を行う時、全ての選択肢を認識し比較して違いを見つけ、自分の評価を基に順位をつけるという、負荷の高い処理を行っています。これが人間が同時に処理できると言われている7つを超えたあたりから処理能力を超え手に負えなくなります。

例えば新しい家電を買うことを検討する時、様々なメーカーや機種を比較し始めた時は楽しいのですが、比較対象が多くなりかつ細かいスペックで比較するフェーズになってくると苦痛になってこないでしょうか。

またある選択肢が望ましいと頭ではわかっているのに、別の選択肢を捨てることを躊躇してしまうこともあります。別の選択肢の方が優れている万一の可能性を考えてしまい、それを選択できなくなる状態になりたくない心理が働きます。

つまり「選択肢を持っている」という状態が本能的に快感なのです。

 

そのくせ、人は選択し意思決定することを避けたがります。

元々興味のあるものに対してはシステム2が作動し熟慮して意思決定をします。しかしシステム2が作動するほど興味がない場合、システム1だけでさくっと意思決定しようとします。しかし上述の通りシステム1はバカなので、手持ちの情報で判断できない場合はすぐに諦めてしまいます。そしてシステム2もやる気がないのでそれを許してしまいます。その結果、「めんどくさいことは後回し」という全人類共通の事象が起こってしまうのです。

そんな時に人はどう行動するのか。現状を維持しようとします。

有名な実験として臓器提供カードの記載方法が挙げられます。ある国では「臓器提供する」をデフォルトとして、臓器提供しない人は明示的に記載する必要があり(=オプトアウト方式)、別の国では「臓器提供しない」をデフォルトとして、臓器提供したい人は明示的に記載する必要があります(=オプトイン方式)。この結果「臓器提供する」を選択した人の割合は、前者のオプトアウト方式の国の方が圧倒的に多くなりました。つまりデフォルトのままにした人が大半だったのです。

臓器提供するかしないかの選択は非常に難しいものです。人のためになることはやりたいけど、いざ自分が脳死状態になったと思うと少し怖い。できれば今この時点で意思決定したくないので、何も選択しないデフォルト状態のままでいたがるのです。人は意思決定をしない後悔よりも、能動的に意思決定をして得た後悔を過度に恐れる習性もあるため、よほど強い意志がない限りはデフォルト状態を維持しようとします。

これは現状維持バイアスと呼ばれます。

 

これを踏まえてプロダクトマネージャーがUXを考える際に重要なポイントの1つ目は「ちょうどいい数の選択肢から選択をした気分にさせる」ことです。料金プランや機能数、コンテンツのカテゴリなどが当てはまります。全く選択肢がない状態は本能的に不快であり、かつ多すぎる選択肢は疲弊してしまうため、適度な数の選択肢を見極める必要があります。また興味が弱く意思決定したくない人に対しては、レコメンドなどを活用して選択のサポートをすることも求められます。

 

重要なポイントの2つ目はデフォルト選択肢の設計です。選択の意思決定を避けたい人が何も決めなくても快適にプロダクトを利用できるように、優れたデフォルトを用意してあげる必要があります。

例えばキュレーションアプリの初期設定におけるタグ設定が挙げられます。最初に「興味のある分野を選べ」と言われても、そのアプリに詳しくなければどういうコンテンツがあるかわからないので選べません。もし何か選ばないと進めない場合、最初から少し嫌な気持ちになってしまいますが、ユーザーの属性情報から多く使われるタグをデフォルト設定してあげれば、100点満点ではなくても70点ぐらいの満足度でアプリの利用を始められる可能性が出てきます。

上記の例は「手助け」が目的ですが、プロダクト提供側の「自己利益追求」のためにデフォルトが使われることも多くあります。一番顕著な例がメルマガ登録/解除のオプトアウト方式です。ECサイトで何か買い物をしたらデフォルトで「この店のメルマガ登録をする」にチェックが入っていて、わざわざ後で解除しにいく煩わしさを感じたことがある人は多いと思います。これは決してユーザーのサポートではなく、プロダクト提供側の利益の最大化を目的としています。

デフォルトの威力は凄まじいので、ユーザーに良い影響も悪い影響も与えられます。ここの設計はプロダクトマネージャーやUXデザイナーの腕と倫理観が試されるところです。まだまだ書きたいことはあるのですが、多すぎるのでポイントを箇条書きで簡単にまとめます。

  • ユーザーが精通していない分野で賢明な選択をするには、専門家や第三者の助言に従おうとするため、口コミやレビューに大きく左右される
  • プロダクト提供者としての信頼を得られていない場合は、搾取などの不安からデフォルトを選択されにくくなる
  • 個別化されたデフォルトを選択した場合と能動的に選択した場合を比較すると、前者がCVRが高く、後者がエンゲージメントが高くなりやすい

デフォルト設計については「選択しないという選択」という書籍が非常におすすめです。

 

人は集団に左右される

「選択したい」という欲求の強さは文化や環境によって異なります。アメリカなど個人主義が強い環境では自分での選択や論理を重視し、日本などの集団主義が強い環境では文脈に合わせて集団で選択を揃えることを重視しがちです。これは西洋は古代ギリシャの文化(論理思考)が、東洋は古代中国の儒教文化(調和)が元になっていると言われています。典型的な例が仕事のスタイルで、選択の裁量を与えると個人主義はパフォーマンスが上がりますが、集団主義は下がります。旧来型の日本企業の社員は組織から指示されたことを遂行する(=選択しない)方が望ましいのです。また同様に、企業に不祥事があった場合、個人主義のメディアは個人の行動を原因とみなし個人を糾弾しますが、集団主義のメディアは制度的問題(ガバナンスなど)を糾弾します。

集団主義の環境では、自分がどれを選択したいかよりも「他の人がどう考えているのか」という文脈を重要視する傾向があります。そして自由よりも調和を重んじます。何かを議論する際に、事前に他の人の意見を聞いた状態で開始すると、相手を慮って議論が活発にならず最善の決定を下せなくなると言われています。またハンコ文化など無駄に伝統を重んじるのは、それを気に入っているからではなく、自分以外の人がそれを望んでいるからだろうと思い込んでいるからです。事実は関係なく。

同様に、自分が誰も並んでいない飲食店に並んだら、次々と後ろに人が並び始めるという現象を経験したことがある人も多いと思います。このような行動をハーディング(ハードherdは「群集」の意味)といい、他人が前にとった行動をもとに物事の善し悪しを判断して、それにならって行動してしまうのです。また第三者の行いや評価を正しいと思い込む「Social Proof」という社会心理学用語もあります。

 

 

これはまさにSNSマーケティングに通じます。「多くの人が良いと思っているものは良い」と無条件で思い込み、いいね!やレビュー数の多いものを選択してしまいます。熟慮して利用を決めてもらうtoBプロダクトの場合は、ユーザーのシステム2が働くためそれほど大きい影響力はないかもしれませんが、気軽に使い始められるtoCプロダクトなどの場合は、システム1が短絡的に意思決定をする仕組みである以上これには抗えないため対策は必要です。

またこちらの記事のPrinciple#1にあるように「ユーザーの○%が満足しています」「24時間以内に○人が閲覧しています」のようなUXライティングや、こちらの記事のSocail Proofの章にあるように「最も人気のプランです」のようなUIによって、多くの人が選択している感を演出することも効果的です。しかし演出の勢い余って虚偽の表記をするようになってはいけません。2019年に某旅行サイトで「今あなた以外に○○人が見ています」の人数がランダム変数で表示されていたニュースがありました。これは完全にアウトですが、裏を返せばここまで人の道を外させてしまうほど有効な表示だということです。

 

 

人はすぐに思いつくものに左右される

人はすぐに思い出せる情報や事例だけを使って物事を評価します。これを利用可能性ヒューリスティックと言います。

例えば飛行機の事故が起こると、飛行機に乗ることを控えて車で移動する人が増えます。しかし冷静に考えれば飛行機事故の可能性よりも車の事故の可能性の方が圧倒的に高いことはすぐにわかります。にも関わらず、ショッキングな記憶に引っ張られて非合理な意思決定をしてしまいます。

一般的に、注意を引きつけるような事象や、個人的に直接経験した事象は、記憶から呼び出されやすくなるとされています。

これはシステム1の所業によるものです。手元にある情報、そしてすぐに引っ張ってこれる情報だけで短絡的に判断してしまうのです。判断に必要な情報が欠落していてもそれに気付くことはありません。ここでシステム2が動員されれば判断内容が変わる可能性があります。実際の実験で、最も好きな車の具体的な長所について個数を多めに指定して言ってもらうと、さほど魅力を感じなくなるという結果が出ています。これは多くの長所を考える際にシステム2が動員されると、システム1でなんとなく魅力に感じていたことが、実はそうでもないということがわかるからだと言われています。

 

プロダクトマネージャーやUXデザイナーが気をつけるポイントとしては、自社プロダクトが属するカテゴリー内ですぐに思い出される競合(例えば民泊におけるAirbnb)に対して、自社プロダクトには明らかな優位性があるにも関わらずユーザーに全く選ばれない場合、ユーザーのシステム2を動員させる仕掛けが無いことが原因かもしれません。皆Airbnbがイケてることはなんとなく知っていますが、具体的に何が凄いのか理解している人は多くないはずです。しっかり機能や価格の比較表を用意するなどして優位性を説明することで、ユーザーのシステム2を動員させ利用可能性ヒューリスティックを排除することができるかもしれません(アメリカのtoBプロダクトは結構露骨な比較表を用意している印象があります)。

 

逆に自社プロダクトの利用可能性を高めるためのポイントも紹介します。情報を覚えてもらって取り出しやすい状態にするためには、何度も繰り返して伝えることが有効です。反復的な接触は無意識のうちにポジティブな印象を持たせると言われています。

例として、こちらの記事にあるNetflixの登録フローのUXライティングが参考になります。驚くほど「解約はいつでもできる」「好きなデバイスで見れる」という言葉を繰り返しています。これによってこの2つの情報は利用可能性が高くなり、別サービスと比較する際にこの優位性は容易に思い出すことができます。

 

利用可能性ヒューリスティックと似ている事象に「代表性ヒューリスティック」があります。実証実験には有名な「リンダ問題」というものがあります。

「リンダは31歳の独身女性です。率直な性格の持ち主で、とても聡明な人物です。大学では哲学を専攻していました。学生時代には、人種差別や社会正義などの問題に深く関心を持ち、反核デモにも参加していました。」
現在のリンダは、以下のどちらの可能性がより高いでしょうか? 

1.リンダは銀行員として働いている。
2.リンダは銀行員として働きながら、女性解放運動もしている。

統計的に考えると確実に1の可能性が高いのですが、回答率は2の方が高くなってしまうのです。これは代表性、つまりカテゴリーを代表する特徴を持っていると、そのカテゴリーに属しているだろうと決め付けてしまうバイアスです。上記の例では、「デモに参加している」という行動は「女性解放運動をしている人の特徴」とみなして2を選んでしまうのです。

こちらも同様にシステム2を動員させてバイアスを取り除くことで合理的な選択をさせることができます。

 

人はイメージに左右される

人はいろいろな要素によって評価が変わります。

フレーミングとは、選択は問題の言い表し方にもある程度左右されるという考え方です。例えば「この手術を受けた100人のうち90人が成功している」と「この手術を受けた100人のうち10人が失敗している」は同じ意味ですが、受ける印象が変わります。これもシステム1の短絡的な思考によるもので、「成功」という言葉を聞くと自分がその成功に含まれるイメージを直感的に持つためです。「失敗」も同様です。

また「1,000人に100人の確率で失敗する」と「10%の確率で失敗する」も同じ意味ですが、前者の方が高確率だと判断してしまいます。これは「100人」という具体的な表現により鮮明に対象の量を想起できるため、分母を無視して確率を過大評価しやすいためです。

 

ハロー効果とは1つのプラスの属性値に引っ張られて、他の属性値も底上げして評価してしまう現象です。例えば、事業を成功させた経験を持つCEOが言うことは、総じて優れた主張だと思い込みがちです。しかしその人の力で成功したかどうかも、その分野に詳しいかどうかも全くわかりません。事業の成功とは何も関係ないかもしれません。しかしハロー効果によってもっともらしく見えてしまうのです。多くのインフルエンサーはこの効果を存分に利用していますね。

もちろんマイナスのパターンもあります。一度失敗してしまうと、いくら優れたことをしてもなかなか評価が伸びません。

 

 

このように人の評価は他の要素によって簡単に変わってしまいます。古典的ではありますが「タウリン1000mg配合!」とか「〇〇年○月度の売上No.1!」という表現は、フレーミングやハロー効果によって今も変わらず効果があるのです。

もちろん過度な誇張表現や虚偽は許されるものではないので、倫理的でありながら効果的な表現を追い求めることがプロダクトマネージャーやデザイナー、マーケターに求められます。

 

人は感情に左右される

人は元々好きなものはメリットだらけでリスクがほとんどなく、元々嫌いなものにはメリットがほとんどなくリスクだらけだと思い込みます。これを感情ヒューリスティックといいます。また似たものとして、自分が肯定的なものや信じているものに関しては、それを証明する肯定的な情報だけを見て、それを反証する否定的な情報を見ようとはしません。これを確証バイアスといいます。

例えば、好きなサッカーチームと嫌いなサッカーチームの強み・弱みを書き出してもらうと、好きなチームは強みばかり書けますが、弱みはあまり出てきません。嫌いなチームは逆の結果になります。これは無意識のうちに感情ヒューリスティックが働き確証バイアスが生まれ、必要のないと判断した情報を思考から排除してしまうのです。

特に選挙で感情ヒューリスティックが顕著になります。顔がイケメン、美人の候補者は、無意識のうちに良いところばかり記憶する人が多く、本当は知らないはずの実務能力も「優れているはずだ」と決めつけるため、当選しやすいという結果も出ているようです。実名を挙げるのもアレですが、小泉進次郎氏はイケメンで演説も上手いので好意的な印象を持っている人が多く、次期総理大臣を望む声も多かったと思いますが、実務能力については問う声はあまり聞かれませんでした。実際大臣になってみたら、(正しい情報はわかりませんが)今のところ活躍というよりは変なことになってますよね。

 

 

プロダクトのユーザーが増えている理由を分析すると、意外と「会社やCEOが好きだから」 という理由であることがあります。たとえ機能が競合劣位であっても感情がそれをかき消してしまうのです。もちろん逆もあります。イメージ調査によって企業やサービスの好感度も把握しておくと、誤った原因分析や対策をしてしまうことを防げるかもしれません。

またプロダクトマネージャー自身の感情ヒューリスティックや確証バイアスも注意が必要です。何か次の打ち手を検討している際に、自分が効果があると信じている好きな施策と、効果に懐疑的で嫌いな施策の費用対効果を冷静に比較できているでしょうか。好きな施策は良い部分だけ、嫌いな施策は悪い部分だけ強調して恣意的に好きな方を行うように誘導していないでしょうか。それで良い結果が出れば文句はないのですが、好き嫌いのせいで効果が下がるのであれば是正する必要があります。

 

人は損をすることを嫌う

人は本能的に損失を嫌い全力で回避しようとします。研究によると、損失による惨めさは、それと同じものを得るときの幸福感の2倍だそうです。つまり100円損をしたら200円得をしないとイーブンな気持ちにはならないのです。

事例として、ゴルファーのグリーン上のパッティング成功率のデータが挙げられます。ボーナス(=得)を得るチャンスであるバーディ狙いのパッティングより、マイナス(=損)を回避するパー狙いのパッティングの方が成功率が高いそうです。損失を回避するために本能的に集中力が増すのかもしれません。

 

また少しでも損をする可能性が残っている状態を回避する心理も強くなります。

90%の確率で10,000円が得られるのと、100%の確率で8,500円が得られるのではどちらがいいでしょうか?期待値の上では前者が9,000円で後者が8,500円で前者の方が高いですが、後者を選びたくなりませんか?

人は「確実性」を過剰に評価します。これによって保険業が成り立っています。

 

書籍「ファスト&スロー」には利得・損失と確率ごとの行動を四分割パターンにまとめられています。

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例えば

(A)確実に1万円貰える
(B)50%の確率で2万円貰えるが、50%の確率で0円になる

という選択肢の場合、(A)が選ばれやすく、

(C)確実に1万円失う
(D)50%の確率で2万円失うが、50%の確率で0円になる

という選択肢の場合は、(D)が選ばれやすいとされています。

選択肢に「確実に」が含まれているので、四分割の上の行が当てはまります。前者の選択肢の場合は利得なので「リスク回避」が働き、後者の選択肢の場合は損失なので「リスク追求」が働きました。

 

 

これについてプロダクトマネージャーとして気をつけるべきは、自分自身の意思決定のやり方です。確実に得られる目の前の利得ばかりを追い求めたり、迫る損失のリスクを回避することばかりに時間を使っていないでしょうか。もちろんそれを続けていれば少なからずプラスにはなるし、マイナスのリスクを最小限にできるので心の平穏は保てると思いますが、それでは大きな成果は出しづらくなります。勝負所では自分の損失回避性を黙らせてリスクを取る選択も必要になります。

 

人は所有物を過大評価する

上述の通り損失のマイナスは同じものの利得のプラスの2倍のインパクトがあるため、一度手にしたものを失うことを過度に嫌う心理が働きます。よって自分の所有物に対して過大評価をしてしまいます。特に苦労して手に入れたものは、実際以上の対価を払われても手放すのが惜しくなってしまいます。

また同様に、いったん何かに投資すると、その投資を簡単に諦められなくなります。これをサンクコスト(埋没費用)効果と言います。株の損切りがなかなかできなかったり、ギャンブルの引き際がわからなくなったりするのはこれのせいです。

 

プロダクトマネージャーとして注意すべきは、多額のコストをかけて進めてきたプロジェクトや施策が明らかに失敗しているにも関わらず、なかなか止める決断ができず損失を垂れ流してしまっている状態です。この対策として、開始前に引き際(=リスクポリシー)を設定しておくことで、投資後のサンクコスト効果に惑わされずに判断することができます。 

またこの心理はゲームアプリやサブスクリプションサービスに継続率向上に有効活用できる可能性があります。積み重ねてきた課金や時間を実績として表示したり、これまでの利用の思い出が参照できるようにすると、人はそれを失うことを恐れて継続利用しようとします。LINEのトーク履歴が消えて大騒ぎする人がいますが、実際過去のトーク履歴を見返すことなんてほとんどないにも関わらず、今までの蓄積を失うことを極端に恐れるのです。自分もmixiは全く使わなくなりましたが、大学生時代の痛いやり取りが消えるのがなんとなく心惜しいので一応まだアカウントは残してあります。しかし実際に見返すことはありません。

 

人は後から辻褄を合わせる

自分の中で矛盾があるとストレスを感じるため(=認知的不協和)、無意識のうちにそれを解消しようとします。これを認知的不協和の解消と言います。もし現実を変えることで認知的不協和を解消できる場合には健全な結果になりますが、それが困難な場合は認識や記憶の書き換えによって矛盾を解消しようとします。

例えばダイエット中にも関わらずどうしても甘いものを食べたくなった場合、ここには矛盾が生まれており、居心地が悪くなります。理性(システム2)が働いているうちは「食べない」という選択をして現実を変えることに成功します。しかしシステム2が怠けていてシステム1だけで判断してしまうと、「今日多めに歩いたから大丈夫」という根拠もない理由をでっち上げて認識を変えてしまいます。

つまり後から「自分の選択は正しいのである」と認識したいがために辻褄を合わせてしまうのです。高いお金を払ったものは良いものだと思い込んで悪いところを見逃すのはこのためです。

 

「後知恵バイアス」という似た事象もあります。物事が起きてから、自分はそれが起きることを予測していたと考えることです。「俺あのバンドはインディーズの頃から売れると思ったんだよなあ」って言う人いますよね。先見の明があるアピール。これは嘘を言っているわけではなく、実際そのようなことを言っていたかどうか自分自身も覚えていないのです。ただそのバンドをよく聞いていただけかもしれません。にも関わらず、予測していたと思い込んでしまうのです。

よく何か不祥事が起こった際「なぜ防げなかったのか」「こうすれば防げたのでは?」と追求する人がいます。事後に考えれば防止策はすぐに思いつくかもしれませんが、起こる前に思いつくことは総じて困難です。ただ事後になってしまうと事前のことは覚えていないので「当然防げるはずだ」と思い込んでしまうのです。

 

 

プロダクトマネージャーが注意すべきことは、自分の選択による失敗に対する振り返りが「認知的不協和の解消」、あるいは「後知恵バイアス」になっていないかをチェックすることです。

失敗は誰しも認めたくないものです。それを振り返る時に「次はここを改めよう」と行動を変えるのではなく、「あの状況だったらこの選択をするのは仕方かったよね」と都合よく認識を変えて何も行動しなかったら成長はありません。また同様に失敗を踏まえた次回の対策が、例えば「問題の予兆を見つけたら〇〇をする」というものだった場合、それは事後であるから問題の予兆が容易に思いつくのであって、実際に予兆に気づける可能性があるのかどうかをしっかり検討する必要があります。

 

人はピークを評価する

人はある体験を評価する際に、経験している最中(=「経験する自己」)と、経験し終えた後(=「記憶する自己」)では評価軸が異なります。

「経験する自己」は、その経験からまさに得ているもの(喜びや苦痛)の総量を表す実感的測量値をもとに評価します。どれだけ楽しいか・辛いかです。

一方で「記憶する自己」が評価するのは、一連の経験の中の代表的な瞬間や出来事であり、これはビーク時と終了時が特に強く印象に残りやすくなっています。これをピーク・エンドの法則と言います。

例えば歯医者の治療を例に取ると、

  • 痛みは激しいが短く終わる治療
  • 痛みは普通だが長い治療

の2種類があり、痛み量×時間で計算する「痛みの総量」で比較すると後者の方が多いとした場合、「記憶する自己」は前者の方が辛かったと評価します。痛みの総量が少ないにも関わらずです。「記憶する自己」が評価する際に持続時間は無視され、ピークと最後の状態を重要視されるのです。

プロダクトのカスタマージャーニーにおいても同じ考えが当てはまります。最初から最後まで常に70点のUXよりも、最初は30点だが最後が120点のUXの方が高評価をもらえます。ただし最初が120点で最後が30点では、最後の印象が強く残ってしまうため逆効果です。ジャーニマップを検討する際、弱点を補うことも大事ですが、何か優位点を圧倒的に伸ばすことが高評価につながるかもしれません。

 

人は状況を評価しない

人の行動を評価する際に、その人の能力や性格などの内的要因を重視し、状況やコンテキストなどの外的要因を軽視します。これを対応バイアスと言います。

例えば、Ross,Amabile&Steinmetz(1977)では、被験者をランダムに質問者役と回答者役に振り分けてクイズゲームを行わせた後、第三者にどちらが優秀かを判定させたところ、質問者役の方が回答者役のよりも能力があり、知識も豊富だと評価しました。クイズゲームにおいて、質問者は自分の得意な分野から出題できて有利で、回答者は得意不得意に関係なく出された問題に答えなければならないという不平等な関係があるにも関わらずです。これは個人主義の強い西洋文化圏の人の方が顕著であると言われています。状況やコンテキストよりも対象の人物の属性による因果関係を重視する傾向があるためです。

これもシステム1が目の前の情報だけで特性を推論してしまうためであり、システム2に「どうしてそういう行動をしたのか(結果になったのか)」を考える時間を設ければ対応バイアスが軽減されたという実験結果があります。また「目の前の行動をそのまま評価したくない」という心理状況下ではシステム2が働き外的要因を重視するケースもあります。例えば普段から出世ばかり気にして行動している人が、突然立派な内容のプレゼンをしたとしても「どうせ上司へのアピールが目的だろう」と裏の背景を勘繰るため、外的要因(コンテキスト)の方を重視します。

 

プロダクトマネージャーたるもの多くのステークホルダーと調整してプロジェクトを進めていく必要があります。うまく他人を巻き込めない時に「少しはこっちの事情も察してくれよ…」と思うかもしれませんが、相手からしたらそんなこと知ったこっちゃないのです。目の前のコミニュケーションの印象の良し悪しだけで態度を変えてしまうかもしれません。なので「難しい状況を察してくれる」ことは期待せずに、コンテキストを含めた説明をすることでステークホルダーマネジメントがうまくいくかもしれません。(逆にどんなに説得しても通じない場合は、普段の行いが悪くて変に勘繰られてるのかもしれません…)

また逆にプロダクトマネージャー自身がステークホルダーの状況やコンテキストを軽視してしまっている可能性もあります。セールス担当者が無茶で雑な依頼をしてきた時に「あいつは何もわかっていない」みたいな個人の特性を決めつけて排除していないでしょうか。もしかしたら今後の中長期的な売上につながる機会を得るチャンスを持っているかもしれません。どうしてそういう無茶で雑な依頼になったのか見極めることも求められます。

 

人は相対的にしか評価できない

人は絶対的な基準で評価することはありません。他の物事との相対的な優劣に着目してそこから価値を判断します。アンカー(自分が知っている基準)を起点として、自分が適切だと思う方向に調整することで評価を行います。

新聞の料金プランを例に挙げると、

  • 印刷版が¥5,000
  • Web版が¥3,800

の2択の場合、多くの人がWeb版を選ぶと思います。

しかしここに

  • 印刷版+Web版セットで¥5,000

という選択肢を追加すると、セットを選択する人が増えるのです。その中には印刷版が絶対に必要なわけではない人も含まれています。3択になると印刷版と同じ値段なのにWeb版が付いているセットのお得感が相対的に増してきて、元々価値を感じていなかった印刷版を求めてしまうのです。

一般的に適正な価格がいくらなのか見当もつかないとき、高級モデルに浪費せず、かつ最低限のモデルで安くすませないことが、最善の決定にちがいないと考えます。そして中間の選択肢の中から選択する際にはアンカーに左右されます。

 

アンカー、つまり評価の起点は様々なところに存在します。

例えば過去に自分が下した似たような決定が基準になります。これを自己ハーディングと言います。前に買ったものより良いものが欲しいから、それより少し高めの値段が妥当だ、と考えます。

また選択をする直前に目にした数字が基準になったりもします。「定価¥10,000のところ、今なら¥7,000です!」と言われたら直感的にお買い得と考えてしまいます。これは¥10,000がアンカーになっているためです。しかし実際に元値がいくらなのか、本当にお得なのかは調べる必要があります。システム2が動いてくれればすぐにわかるのですが、システム1だけで判断してしまうと衝動買いになってしまうのです。

 

また比較は基本的に同じカテゴリ内でしか行われません。

例えば

絶滅危惧種を救う基金への寄付
②難病に苦しむ患者のための寄付

でそれぞれいくら寄付金額を出すか、という問いに対して、①を単独で検討している際には「動物」というカテゴリだけで検討するため、動物内において相対的にその種に対する危機感をベースに寄付金額を決めます。一方で②を単独で検討している際には「病気」というカテゴリだけで検討するため、その病気がどれだけ起こりやすいのかや身近かどうかで寄付金額を決めます。

これを①②を並列で検討する際には「動物<人間」という新しい評価軸が生まれるため、相対的に②の方の重要度が増し寄付金額も高くなります。

つまり単独評価と並列評価では、選好基準が異なり逆転現象が起こることがあります。単独評価はシステム1が手持ちの情報だけで判断しますが、並列評価は複雑な比較検討というプロセスを介すためシステム2が働き、異なる意思決定となるわけです。並列評価は選択肢が目の前に並べられて初めて行えるもので、人間にとっては不自然で困難な評価プロセスです。

 

 

プロダクトのプライシングは非常に難しいテーマではありますが、ユーザーは基本的に相対評価をしている前提で決める必要があります。もし直接的な競合がいなくて比較対象がいない場合は、巧みにアンカーをコントロールすることで狙ったプライシングが受け入れられる可能性が高くなります。ただし、既に様々な企業がセット割などを使ってアンカーを移動させお得感を醸成しようとしていますが、わかりにくくなるデメリットがあるため、過度なコントロールは逆効果になるかもしれません。

 

プロダクトマネジメントの中で「本当の競合」を見抜くことは重要です。Netflixのリード・ヘイスティングが「本当の競合は他の映像配信サービスではなくあらゆる娯楽だ」と言っているように、ユーザーは可処分時間を使うもの全てと比較して選択しているはずです。しかしいくらユーザーインタビューで「なぜ他の娯楽ではなくNetflixを選んだのか」と聞いても、他の映像配信サービスとの比較結果は言えても他の娯楽との比較はハッキリ回答できないはずです。なぜなら人間はいちいちそんな複雑な比較はせずに、同じカテゴリ内での比較だけ行うからです。よってユーザーに「なぜ選んだのか」と聞くのは意味がないので、選択までのプロセスを聞きながら推測していく必要があります。

 

人は全体を無視し一貫性を追い求める

人は統計的には有意と言えないようなごく少数のサンプル数のデータから、そのデータが示すものが真実だと思い込んでしまいます。「自分の見たものが全て」と感じ、かつそれが辻褄を合わせやすく認知が容易な場合は、よりそれを真実だと受け止めやすいのです。真実だとみなすのに重要なのは情報が全て揃っていることではなく、手持ちの情報をつなぎ合わせたストーリーに一貫性があることなのです。

例えば難病の少女に対する悲劇的なエピソードと、世界中の子供が様々な理由で貧困で苦しんでいるエピソードでは、前者の方がより身近に感じ強い問題意識を持ちます。たとえその難病にかかっている患者が世界で100人であり、貧困に苦しんでいるのが100万人だとしても、その評価に変わりはないのです。なぜなら得た情報が全てであり、かつストーリーがきれいに整っている方が重視され、統計情報は無視されるからです。

私たちが納得できる説明やストーリーは、抽象的でなく具体的、偶然よりも才能や選択、起こらなかった無数の事象よりもたまたま起きた衝撃的な事象に注意を向け、そこに因果関係と一貫性を作り上げます。

 

プロダクトマネジメントにおいて、SNSなどで取り上げられた時代の寵児による最新のフレームワークを魅力的に感じ真似したくなることはよくあると思います。しかし成功の裏側を紐解いてみると、非常に限られたケースしか適用できず、しかも成功事例が極端に少ないかもしれません。常に事象に対して全体像を見る癖をつけておくことでこの認知バイアスを防ぐことができます。特に個人的にも注意しているのは、調査や効果の算出方法を必ず確認するようにしています。集計対象が限定的だったり偏りがあるにもかかわらず、もっともらしく結果をアピールしている記事はよく目にします。

 

人は難しい問題を回避したがる

人は答えるのが難しい質問を突きつけられると、無意識のうちにそれを簡単な質問に置き換えて回答しようとします。例えば「部下の給料を上げるべきか?」は非常に難しい質問です。様々な要素を考慮して意思決定しなければいけませんが、これを「部下のことが好きか?」という簡単な質問に置き換えて判断してしまうのです。一応形式上は評価点を算出したりしますが、その算出プロセスの中でも「好きか嫌いか」で多分にバイアスが含まれてしまいます。

難しい質問に対してすぐに満足な答えが手元にない場合、システム1は元の質問に関連する簡単な質問を見つけてそれに答えるように作動します。システム2がしっかり作動すれば修正してくれますが、特に面倒だと感じることはシステム1の方針に安易に従ってしまいます。

 

プロダクトマネジメントでも難しい問題に直面することは多いと思います。それに対して簡単な問題に置き換えていないでしょうか。例えば「プロダクトは順調にグロースしているか」という問いに対して「新規ユーザーが増えてるからグロースしている」というすぐに測定可能な指標を使って短絡的に判断するようなケースです。新規ユーザーが増えていても利益が出ていなかったり離脱ユーザーが増えていたりしてグロースしてるとはいえない状況かもしれません。しっかりシステム2を呼び出し、グロースサイクルを見つけて判断してください。

 

人はお金が絡む世界と絡まない世界で性格が変わる

人の意思決定における規範には、社会規範と市場規範の2種類が存在します。

ざっくり言うと社会規範は「世のため人のため」に行動することで、市場規範は「損得勘定」で行動することです。この2つの規範は共存することはありません。考えの中に一度市場規範が入り込むと、社会規範が消えてしまいます。

例えばボランティアの参加者は、無償で参加している時と比べて、低額の報酬が追加されると途端にやる気を無くします。元々社会規範で行動していたところに報酬という市場規範のものが入り込んできたため、思考も市場規範に変わり、その金額はボランティア活動の報酬として見合わないと判断してしまうのです。

別の実験で、値段がゼロ円のクッキーを置いた場合と、1枚10円で置いた場合では、後者の方が多く取られるという実験結果もあります。ゼロ円の場合は社会規範が働き、学生が他の人のことを気遣い自制して少ししか取らなかったのに対し、10円の場合は対価さえ払えばいくらでも取っていいというルールに変わったので自制心がなくなったのです。保育園で遅刻した家庭に罰金をするルールを入れたら遅刻者が増えたという事象はこれと同じ理由です。

 

プロダクトがベータ版の頃に、使いづらいながらも無料で利用してもらっていた好意的なクライアントが、課金を始めた途端にクレーマーになるかもしれません。これはその時点でルールが変わったので、プロダクト提供側も意識を変える必要があります。

またソーシャルグッドを謳うプロダクトを担当している場合は、ユーザーの行動規範が何なのかを慎重に見極める必要があります。もし社会規範が主たる利用動機だった場合、よかれと思って中途半端に市場規範を持ち込むとマイナス効果が大きくなるリスクがあります。

 

 

人は見かけの労力にこだわる

人が対価を払いたくなる要因として、実際の労力より見かけの労力を重要視します。極端な話、目の前で汗をかいている人を見るとより高い対価を払いたくなるのです。

例えば全て自動化されてスピードも早い印刷サービスと、全て人を介して行うスピードが遅い印刷サービスにおいて、手数料が同じだった場合、直感的に前者に対して不満を持ちます。どう考えても早い方がサービスとしての価値は高いので対価も高くなるのは当然かと思いますが、プロセスの中で費用がかかる具体的なシーンを想像できないため、人が動いている後者より安くなるはずだと思い込みます。

 

手数料ビジネスを選択しているプロダクトは注意が必要です。対策としてはなぜ手数料がかかるのか、どこに費用がかかっているのか、どういうビジネスモデルなのかを開示することで、ある程度の納得感をユーザーに持ってもらえる可能性があります。もちろんそれには離反リスクも伴うため、都度判断が必要になります。

 

人は根拠のない自信を持っている

利害が大きいときでさえ、人は楽観的な見方をします。結婚したカップルの約5割は離婚し、この統計はほとんどの人が耳にしているにも関わらず、結婚式の前後ではほとんどすべてのカップルが自分たちが離婚する可能性はゼロに等しいと信じていいます。

特に自分の予想の確実性に根拠のない自信を持つ傾向があります。現在の評価と将来の予測には何の因果関係もなくても、利用可能性ヒューリスティック代表性ヒューリスティックによって将来の予測を行ってしまいます。その際に予測の不確実性は無視されます。例えば「ある企業のOBが起業した企業は成功する」という予測は、たまたまその企業のOBの成功例をよく目にするから生まれたもので、実際の因果関係はわかりません。仮にこの予測が当たったとしたら、それは運によるものの方が大きい場合があります。だとしても本人は運だとは絶対に思わず、合理的な予測の賜物であると思い込みます。

この直感的予測を修正するためには、平均(基準予測)と相関関係を明らかにして、直感的予測を再評価することが有効です。つまりシステム2をフル動員して客観的事実や統計値を基にして検討すると確率の高い予測を行えます。それを繰り返すことでシステム1の直感的予測自体の精度を上げることも可能です。

しかしここには条件が2つあります。

  • 十分に予見可能な規則性を備えた環境であること
  • 長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること

です。例えば仕事内容に規則性のある医師、スポーツ選手、消防士は直感による意思決定の精度は高くなりますが、基本的に予測不能な環境にいる経済アナリストや政治評論家の直感は当てになりません。この条件を理解していないにも関わらず専門家を名乗って予測する人は、ただの自信過剰か強運の持ち主である可能性が高いと言えます。

 

プロダクトマネージャーが気をつけるべきなのは、自分自身の予測や見通しが過度に楽観的ではないかを常にチェックすることです。何度もPDCAサイクルを回して得たデータから規則性を見出し直感的予測の精度を上げた状態でない限りは、その予測は「当てずっぽう」と言っても過言ではないかもしれません。

楽観主義を抑えるのは組織の力が役立ちます。何か重要な決定を行ったとき、「今が1年後で今決めた計画が失敗したとして、その原因を組織のメンバーで考える」という「死亡前死因分析」をすると効果的であると言われています。これにより懐疑的・批判的かつ客観的な意見を生み出し、自信過剰を防ぐことができます。

 

人は希少なものを探索したがる

人はなかなか手に入らない希少性の高いものを本能的に欲します。

希少性にはいくつか種類があります。
量の希少性は「限定〇〇個」とか「一点物」のような限られた数の人だけが入手できる状態です。
時間の希少性は「期間限定販売」とか「○年に一度」のような入手できるタイミングが限られている状態です。
アクセスの希少性は「オンライン限定」とか「〇〇店限定」のような入手方法が限られている状態です。

一例として、スタジオジブリのショートフィルムが挙げられます。これは三鷹のスタジオに行かないと見れず、かつ時期によって放映している作品が変わります。そして常に人気なので前売り券を早い段階で購入しないと見ることができません。つまり「量」「期間」「アクセス」全ての希少性を保持しているのです。

これは「認知的不協和の解消」に由来します。これだけ苦労しないと得られないものは、価値が高いに違いないと思い込み、評価を高めるのです。だからと言って希少性を高めすぎると、逆に不条理だと感じて不満となり愛想を尽かされるため、バランスが重要になります。

 

プロダクトにおいて限定キャンペーンは新規ユーザー獲得やリピート率向上のための有効な施策です。またこちらの記事のLimited Accessの章にあるようなサービス利用を招待制にすることによって興味のレベルを上げ維持することができます。しかしあまりにキャンペーンを乱発すると希少性が認められず効果が薄れていきますし、あまりに希少性が高すぎると人々は諦めてしまうため、都度効果測定をしながら「ちょうどいい希少性」を見極めるようにしましょう。

 

人は予測できないものを探索したがる

人は予測できるものはすぐに飽きてしまい、常に予測できないものを求めています。Twitterのタイムラインを見続けてしまうのは、どういうコンテンツがあるか予測不可能だからと言われています。

元々期待していなかったことが不意に起きると、嬉しい驚きとして次も起こることを期待して探索し続けます。そこからさらに「何か起こりそう」という情報を与えると好奇心が増しさらに探索の力を強めます。ただし大前提となるのは驚きの後に「何が起こったか理解すること」であり、意味のわからない驚きや好奇心は評価にはつながりません。

例えば、古典的な例ではテレビ番組の特別ゲストを予告なしで登場させ、かつ「CMのあと重大発言が…!」とか言うと離脱が少なくなった時代がありました。ただし現代は相対的にテレビタレントの価値が下がっていて、この驚きと好奇心の効果が薄れていると思われます。またあまりにも乱発しすぎたり焦らしすぎたりすると、疲弊して逆効果になることもあります。

 

プロダクトにおけるユーザーストーリーの中に驚きと好奇心をくすぐる仕掛けを入れておくと、継続率が上がりエンゲージメントが高くなります。例えばアプリのオンボーディングのクオリティが圧倒的に高いと、嬉しい驚きとしてそのアプリをすぐに使いたくなります。一通り機能を使い倒して飽きてきた頃に新しい機能追加の告知をすると好奇心が湧き上がり、リリースされて期待値を上回ると嬉しい驚きが再び起こり利用したくなります。ユーザーに常に適度な驚きを与えられるよう、リリース計画や施策のスケジュールを考えることも求められます。

 

最後に

とんでもない文字量になってしまいました。まだまだ理解が浅く具体的な活用例を書けていない箇所もあるため、今後もアップデートしていく予定です。

ご専門の方々から見ると間違っている点や解釈が甘い点があるかもしれません。そんな時はTwitterでご指摘いただけると大変助かります。またお勧めの文献があればご教授いただきたいです。

 

 

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