もくもくプロダクトマネジメント( @Nunerm )

プロダクトマネジメント・エンジニアリングマネジメントなどについて黙々と

安定してパフォーマンスを出せている組織は危険と思え

f:id:swnws322:20200602220240p:plain

組織改革・組織成長はマネージャーや経営者にとって常に向き合うべき永遠のテーマです。しかし実際に取り組んでみると非常に難しいものです。業種や組織規模によってアプローチもゴールも異なるため、「これをやればOK」という銀の弾丸は存在せず、組織の問題と向き合って必死に闘うことが求められるためです。

 

では、組織改革のゴールはどのように定義すればいいのでしょうか?

 

組織の課題として、

  • 組織内コミニュケーションが円滑に進まない
  • 生産性が上がらずパフォーマンスが上がらない

といったものがよく挙げられますが、組織内で円滑なコミニュケーションが可能になり、安定したパフォーマンスが出るようになれば「組織改革は成功した」と言えるのでしょうか?

 

組織の問題を過去の歴史から学ぶことができる2冊の書籍を引用しながら考察していきます。

 

日本軍とソニーの失敗から学ぶ「適応の弊害」

書籍「失敗の本質」では、第二次世界大戦前後の戦いにおける日本の敗戦の原因を、日本軍の組織的欠陥の側面から分析しています。

日本軍の組織の特徴として「過度な精神主義」「合理的判断よりも情緒・人情重視」「意思決定・情報伝達の仕組みの不備」など様々な要因が挙げられており、ザ・ダメな組織の典型例として学ぶことができます。その中に「特定の状況に適応しすぎて不測の事態に迅速に適応できない」という弱点が強調されています。

問題は、そうした概念を十分に咀嚼し、自らのものとするように努めなかったことであり、さらにそのなかから新しい概念の創造へ向かう方向性が欠けていた点にある。したがって、日本軍エリートの学習は、現場体験による積み上げ以外になかったし、指揮官・参謀・兵ともに既存の戦略の枠組のなかでは力を発揮するが、その前提が崩れるとコンティンジェンシー・プランがないばかりか、まったく異なる戦略を策定する能力がなかったのである。

失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは驚くほど実行されなかった。これは物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が決定的に欠けていたことを意味する。

これらの失敗の原因をつなぎ合わせて、その最も本質的な点をつきつめていくと、まことに逆説的ではあるが、「日本軍は環境に適応しすぎて失敗した」といえるのではないか。

陸軍は西南戦争日清戦争、長いソ連との戦いを通じて、歩兵の近接格闘と精神力が勝利のカギだと信じていました。また海軍は艦隊決戦主義という思想を持ち、艦隊の戦闘スペック(大砲の火力や数など)が勝利のカギだと信じていました。この強い信念・思想のおかげで太平洋戦争までは「強い軍隊」として実績を積んでいました。故に太平洋戦争もこの信念・思想で勝てると信じて疑わなかったのです。

しかし太平洋戦争の相手である米軍は技術力をフルに活用して量産型戦闘機やレーダーを開発し、既存の枠組み捉われない新しい戦術を駆使してきました。技術力の前に精神力など無力に等しいのです。また米軍は太平洋諸島の中での戦いに合わせた戦術を準備してきましたが、日本軍は仮想敵をソ連としていたため、陸上戦の戦術しか持ち合わせていませんでした。その結果、日本軍が想定していない状況が多発し、気づいた時には圧倒的に劣勢になり、結果的に敗戦に繋がってしまいました。

 

 

 

書籍「サイロ・エフェクト」では、ソニーが一時の覇権を失った原因を、組織のサイロ化によるものであるという分析をしています。サイロ化とは、企業の部門間で情報共有や連携などをせずに独自に業務を遂行し、互いに干渉しない状態を意味します。

サイロ化は組織の拡大に伴う合理化や効率化を突き詰めた結果生まれます。組織が急激に大きくなると役割分担をしないと効率が悪くなるため、部門や権限委譲が生まれるのは至極自然なことなのです。

ソニーは1990年代前半、ワンマン経営によって成長しました。この時期に社内に反対意見の多かったプレイステーションの開発を強引に進め、大きく成長したのです。しかしその反発で社内にはかなりの不満が蓄積され、さらに事業も多角化してきたこともあり、次期社長の井出氏は、カンパニー制を用いて各子会社に権限委譲をする組織へと変えました。これにより、それぞれのカンパニーのトップはそれぞれの収支改善に責任を負うことを自覚し、利益率を高めました。

 

しかしその状態を見直すことなく漫然と続けているとサイロ化につながります。部門の予算を獲得するため、他部門に成績で負けないため、得た権限を失わないためなど、企業として目指すこととは関係のない新たなモチベーションが生まれてしまい、その結果他部門と協力しない組織が生まれてしまうのです。

ソニーはこれによって市場が求める製品を作れなくなりました。ある製品発表会で、機能は似てるのに互換性がない音楽プレイヤー商品が同時に3つも紹介されたという衝撃の出来事がありました。これはそれぞれの部門がどこにも相談することなく独自に開発した結果起こってしまったことだそうです。この後数年もしないうちに、ソニーはデジタル音楽市場からドロップアウトすることになり、iPodの独走を許してしまいました。

万事うまくいっているときには、誰もサイロのことなど気にしない。重複は縄張り争いを引き起こすことも多く、組織として均衡を見出すための手段がサイロだ。サイロが意識されるのは問題が発生した時だけだ。

 

 

この2つの事例では、どちらも特定の状況への適応(日本軍は対ソ連用の戦術、ソニーは組織拡大に伴うサイロ化)を進めた結果、一時的に安定してパフォーマンスを出せる組織になりました。しかしその状態を長期間にわたって続けてしまった結果、失敗に繋がりました。つまり組織改革のゴールを「安定してパフォーマンスを出せるようにする」にしてしまうと、その後に再び失敗が起こる可能性が高いのです。

 

 

組織改革のゴールとすべき2つの状態

ではどのような状態を組織改革のゴールと見なすべきなのか。こちらについても2つの書籍から引用して考察します。

 

1.動的平衡状態

失敗の本質より

適応力のある組織は、環境を利用してたえず組織内に変異、緊張、危機感を発生させている。あるいはこの原則を、組織は進化するためには、それ自体をたえず不均衡状態にしておかなければならない、といってもよいだろう。不均衡は、組織が環境との間の情報やエネルギーの交換プロセスのパイプをつなげておく、すなわち開放体制(オープン・システム)にしておくための必要条件である。完全な均衡状態にあるということは、適応の最終状態であって組織の死を意味する。

サイロ・エフェクトより

大規模な組織においては部門の境界を柔軟で流動的にしておくのが好ましいということだ。

 

組織が安定し一定のパフォーマンスを出せていても、長期間にわたって手法や組織構造に何も変化が起こっていない場合、つまり「閉鎖的な均衡状態」になっている場合は、危機感を持つべきです。

閉鎖的な均衡状態になると、その中にいる限りは全てがうまくいっているように見えます。というのも、外や中からのインプットのうち均衡状態を崩す可能性のあるものを無意識のうちに拒絶しているからです。日本軍の例で言えば「米軍の技術革新に合わせた戦術の変更」、ソニーの例で言えば「子会社や部門の編成の変更」であり、これを行うとせっかく作って成功している均衡状態が崩れてしまうため、ろくに検討せずに却下してしまいます。しかしそれでは、周りの変化に取り残されているかもしれないし、本来起こるべき社内シナジーの機会が失われているかもしれません。

例えばエンジニアの開発パフォーマンスが低いという課題があり、それに対してスクラムの導入やプロダクトバックログマネジメントの徹底などの施策を行った結果、パフォーマンスが上がったとします。しかし、その一方で無意識のうちにスクラムに合わないプロジェクトを回避したり、プロダクトバックログ管理ルールにそぐわない突発的な要望などを拒否してしまったりと、本来やるべきことをやれていない可能性があります。それは長期的に見ると失敗となるかもしれません。

 

f:id:swnws322:20200602203933p:plain

これを打開するには、生物学者福岡伸一先生の動的平衡という考え方が参考になります。人間は分解により常に不要なもの(老廃物、排泄物など)を捨て、吸収により常に必要なもの(栄養、酸素など)を取り入れ、それをエネルギーとして新たな細胞を作り続けています。つまり一見変わらないように見えても中では常に変化が起こっています。極端な話、1年前の自分を構成していた細胞は今は全く存在しないので、完全に別物なのです。これによって季節や環境の変化に適応できるようになっています。

f:id:swnws322:20200602203947p:plain

組織も同じで、常に新しいものを取り入れ不要なものを捨て、常に内部で変化を起こしつつも、安定した状態を維持・向上することが重要になります。

自分の前職であるリクルートは組織変更が大好きな企業でした。在籍した4年半の間に何度名刺を刷り直したかわかりません。当時はめんどくさいとしか思っていませんでしたが、今振り返るとあの変更によって組織のサイロ化や硬直化を防いでいたのだと思います。組織変更の度に「我々は何をすべきなのか」を言語化し、それに合わせた新たな安定系を生み出し続けたことで変化に強い組織を維持できていました。

また閉鎖的な均衡状態が生まれにくい仕組みも多々ありました。組織横断で社内起業を行う仕組み、別組織との協働や巻き込みを評価する仕組み、新しい技術を積極的に導入する組織の設立、社内異動を活発にする仕組みなどです。またリクルート中途採用が多く、在籍数年程度で退職していく文化であるため、常に人の入れ替えが起こっていましたが、だからと言ってパフォーマンスの波が激しいというわけでもなく、安定して優れたパフォーマンスを発揮していました。まさに動的平衡を体現した組織の一つだと思っています。

 

2.常に自己否定できる状態

失敗の本質より

自己革新組織は、たえずシステム自体の限界を超えたところに到達しようと自己否定を行うのである。進化は創造的なものであって、単なる適応的なものではないのである。

サイロ・エフェクトより

組織が世界を整理するのに使っている分類法を定期的に見直すことができれば、願わくは代替的な分類システムを試すことができれば、大きな見返りがあるということだ。我々はたいてい継承した分類システムを無批判に受け入れる。だがそうしたシステムが理想的なものであることはまずない。 

 

動的平衡状態を作るためにも、今行われている手法を常に否定する姿勢が重要です。

Spotifyは"Spotifyモデル"と言われる画期的な開発手法を適用し、これが世界で称賛を浴びていましたが、つい先日「もうこの手法は使っていない」という情報が流れて驚きました。自分たちで構築した新しい手法を、早くも自ら捨て去ったのです。

 

苦労して作り上げた手法を捨てること、特に明確な問題が起こっていない手法を疑うことに対して抵抗感を持つかもしれませんが、盲信的に過去の成功体験に引きずられてはいけません。だからと言って、手法を次々に変えてしまってもパフォーマンスは出ません。重要なのは無闇に否定して変えることではなく、否定的なスタンスを持ちながら継続するか変えるかを決めることです。

自己否定の視点を持つためには、例えば外部の目を社内に持っておくことが挙げられます。社外取締役や技術顧問など、組織から一定の距離を取って客観的に評価できる人がいることで、盲信的になることを防ぐ確率を高めることができます。

 

 

 

動的平衡状態」「常に自己否定できる状態」

この2つの状態に達することを組織改革の「一旦の」ゴールと定義し、それを達成することで継続的に成長を続けられ変化に強い組織の原型を構築することができると考えています。そしてその原型を磨き上げることで、理想の組織に辿り着けるかもしれません。

決して現時点の安定したパフォーマンスに満足してはいけません。しっかり「変化できているか」「否定できているか」を気にしながら組織と向き合う必要があります。

 

 

参考文献

【スポンサーリンク】