UX DAYS TOKYO 2019 カンファレンスレポート(ユーザーオンボーディング・行動経済学)
4/5(金)にUX DAYS TOKYO 2019のカンファレンスに参加してきました。本イベントは、海外の一流のスピーカーがUXをテーマとした講演やワークショップを行う、年1回のイベントです。
というわけで、個人的に面白かった2つの講演をざっとレポートします。
※まるで自分の主張のように書いてますが、講演内容を要約しただけですのであしからず。
継続的ユーザーオンボーディング by Krystal Higgins
Googleの「シニアユーザーエクスペリエンスデザイナー」の肩書を持つKrystal Higgins氏より、サービスにおけるユーザーオンボーディングのゴールとプロセスについての講演です。
3行でまとめると…
- ユーザーオンボーディングは"first run"を支援するものではなく、長期間にわたって定着してもらうための取り組みである
- カスタマージャーニーに合わせてオンボーディングをデザインする
- 様々なオンボーディング施策は行いつつも「まとまり感」を保つ
1.ユーザーオンボーディングは"first run"を支援するものではなく、長期間にわたって定着してもらうための取り組みである
一昔前のソフトウェアはCD-Rなどからインストールして使い始めていました。その際に取扱説明書で「〇〇をはじめよう!」とか「簡単セットアップ!」みたいな説明を記載して"first run"のサポートが必要とされていました。そしてその後のトラブル対応などは問い合わせ窓口の充実化によって対応していました。
一方現代のWeb全盛期においてはSaaSやサブスクリプションモデルが主流になってきており、長期的・継続的な利用が前提となっています。この変化に伴いユーザーオンボーディングのやり方も変えていく必要があります。もう"first run"だけサポートするのでは足りないのです。
また人間は忘れていく生き物です。以下の図はイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスの「忘却曲線」です。1日で1/3は忘れてしまうため、適切な間隔でこまめな情報を与え、サービスを忘れられないようにする取り組みが求められます。
Krystal Higgins氏はオンボーディングを
Multiple events + Diverse methods = Long term guidance
と定義しました。つまり様々なタイミングで様々な手法を使った長期間のガイダンスが、現代のユーザーオンボーディングに求められています。
2.カスタマージャーニーに合わせてオンボーディングをデザインする
ユーザーオンボーディングの全体の流れを表すと上記の図のようになります。
Initial onboardingではサービスの使い方や最初にとってほしいアクションをチュートリアルや動画などを使ってインプットします。
Continued discoveryでは他の機能の提案、無料プランユーザーに対する有料プランの提案、休眠ユーザーに対する価値の再アピールなどを行います。
Major redesignでは大きな機能変更を行う場合に再びオンボーディングを再デザインします。例えばGoogleはGmailやDriveなどの大幅なUI変更をたまに行いますが、そこで見かけるのは、新しいUIの使い方を簡単に説明する動画や記事です。また機能変更のリリースを一気に行うのではなく段階的にリリースし、一部のユーザーからフィードバックをもらって「どこがわかりづらいのか」を察知し動画や記事をアジャストしていくというアプローチも有効です。
Return from lapseではユーザーの離脱から「何が問題だったのか」を分析しオンボーディングに活かしていきます。例えば退会フォームでアンケートを取るのも一手です。
3.様々なオンボーディング施策は行いつつも「まとまり感」を保つ
ユーザーによって習熟時間も必要なプロセスも違うので、複数のオンボーディング方法を用意する必要があります。講演の中では様々なパターンの施策が紹介されました。
Default
デフォルト設定を用意し、最初は大量の登録をしなくてもすぐに使える状態にする施策です。例えばチャット形式でいくつかの簡単な質問に答えるだけで最適な設定をしてくれるような機能が挙げられます。
Inline guidance
普段使っている画面内にインラインで情報を入れ込む施策です。例えばSNSではフィードの間に入れる感じです。あまりやり過ぎるとウザいですが、適切な画面に適切な情報を入れれば効果的です。
Reactive guidance
ユーザーの行動に反応してガイダンスを提供する施策です。例えばGoogle Driveはファイルをドラッグしてアップロードしようとした時に初めて出るガイダンスがあります。これのメリットは「必要な人にだけ届けられる」点です。
Proactive guidance
ユーザーに対してサービス側から半ば強制的に情報を伝える施策です。PUSH通知などが典型的な例ですね。新機能のリリース時などはこれが有効ですが、アンチパターンとしてその時の行動と全く関連性のない情報だと、本来行ってほしいアクションの邪魔をしてしまうため逆効果です。例えばアプリの起動時にダイアログで新しい情報が出て、一度中身を見ないと閉じられないやつ。あれ最悪ですね。
On-demand Guidance
FAQページの充実化などで必要な情報にいつでもアクセスできるようにしておく施策です。
このように様々な方法がありますが、これらの一連の施策には「まとまり感」が重要です。各施策と内容の整合性や粒度感が合っていない場合、余計に混乱してしまうため注意が必要です。例えばFAQページなどはサードパーティのサービスを使えば簡単に準備できますが、手軽さを理由にユーザーのデメリットになるような愚策は避けるべきです。
以上、Krystal Higgins氏の講演のまとめでした。ユーザーオンボーディングの具体的なデザイン方法を理解できました。自分のサービスで今できているのかをチェックし、再デザインしてみたいと思います。
UX設計での行動経済学の重要性と理解
エスノグラフィーや行動経済学を専門とするCoglode社の共同創業者のRoxy Borowska氏とJerome Ribot氏の、行動経済学の知識を活用したUX設計に関する講演です。
3行でまとめると…
1.人間は認知バイアスにコントロールされ非合理な行動をする生き物である
かつての経済学は「人間は合理的な判断をするもの」という前提で成り立っていました。しかし実際には個々人の様々な状況や価値観によって非合理な選択をします。特に認知バイアスが意思決定に及ぼす影響は大きく、マーケティング界隈では戦略を立てる上で考慮しておかなければならない一つの要素です。
認知バイアス(にんちバイアス、英: cognitive bias)とは、認知心理学や社会心理学での様々な観察者効果の一種であり、非常に基本的な統計学的な誤り、社会的帰属の誤り、記憶の誤り(虚偽記憶)など人間が犯しやすい問題である。また、これが動因となって虚偽に係る様々なパーソナリティ障害に付随するため、謬想ないし妄想などを内包する外延的概念に該当する。転じて認知バイアスは、事例証拠や法的証拠の信頼性を大きく歪める。(Wikipedia)
UXデザインにおいても認知バイアスは重要です。
Benartzi & Thaler (2004), Save More Tomorrow, Journal of Political Economy
こちらの論文ではSave More Tomorrow Programの例が挙げられています。
人々がもっと貯蓄できる方法として、セイラーは次のようなプログラムを提案した。「給与の振り込みの一定割合を貯蓄する契約を結ぶが、その割合は昇給すれば高くなるように契約しておく。ただし、昇給の時に申し出れば割合を上げることはキャンセルできる」。人間は現在バイアスを持つので、前もっての意思決定では長期的に望ましい貯蓄契約を結ぶ。もう一つのポイントは、人々は現状を変えることを嫌がる「現状維持バイアス」を持っていることで、いったん契約したことを変更するのを嫌がる。こうして「明日はもっと貯蓄しよう」プランは成功を収めた。
このように認知バイアスを利用してうまくUX設計を行えば、サービスの成長に繋げられるのです。
2.人間を動かす3つの原則がある
1つ目は希少性(Scarcity)です。
対象は量(N個限定)・時間(期間限定)・場所(地域限定)・アクセス(限られた場所限定)などが挙げられます。得られる機会が限られている状況を作り出すことで人を行動に移せます。
例えば2つのクッキーが入っている瓶から1つクッキーを取る場合と、10個のクッキーが入っている瓶から1つクッキーを取る場合において、「もう一つ欲しい?」と聞くと2つの瓶から取った人の方がYesと答える割合が多いという実験結果があります。
量や時間に関する希少性はイメージしやすいと思います。アクセスの希少性で言えば、スタジオジブリのショートムービーが例に挙げられます。インターネットで何でも公開できるこのご時世で、ジブリのショートムービーは三鷹に行かないと見られません。さらには期間によって見られるムービーも変わるため、時間の希少性も備えられています。それによってあの人気を維持しているのですね。
希少性を活用する上での注意点があります。それは「理不尽な制約と感じさせないこと」です。あまりに制約を設けすぎて、ユーザーがその体験を得るのに多大なる苦労を要してしまうと理不尽であると感じ、その結果離脱、あるいは反発に繋がってしまいます。「適度な制約」が求められるので、PDCAを回してバランスをチューニングしていく必要があります。
2つ目は驚き(Surprise)です。
人はサービスやプロダクトに対して何らかの期待を持っています。それを遥かに超える驚き、或いは期待していなかったところでの驚きが人を動かします。もちろんこれは「良い驚き」である必要があります。「悪い驚き」になってはいけません。
例えばレストランでランチの後に無料でデザートが付くとわかると相対的に満足度が上がります。まあこれは当たり前ですよね。ただ面白いのは「なぜ無料でデザートが付くのか」を説明するとさらに満足度が上がるのです。人は理由のわからないものに対しては不安を覚えるため、しっかり理由や意味を伝えることで評価を上げられるのです。
また驚きには希少性も求められます。毎日驚かせる仕組みを入れたら人は慣れてしまいます。適度な間隔とサイズをデザインし驚きを散りばめていく必要があります。
3つ目は好奇心(Curiosity)です。
人は知的欲求を持っています。自分が「それを知らない」ということを認識すると埋めたくなるのが人間の性です。これを利用してUXをデザインしていきます。
一番面白い例がsrprs.meです。これは人数とエリア、滞在期間だけ入力したら勝手に旅行プランが決まり、送られてくるレターのコードを入力すると行き先がわかるサービスです。旅行先の下調べをしようにもできないので、どんな旅になるのか想像もできません。まさに好奇心をグサグサ刺激するサービスです。
ただしここにも注意は必要です。好奇心を煽るべき情報を隠しすぎてしまうと、好奇心が不安や警戒心に変わってしまいます。srprs.meが上手なのは、旅行に必要最低限な情報(持っていくべき荷物や気温など)は必ず伝えているところです。驚き同様ここにもバランス感覚が必要になります。
この3つの原則を満たしている好例が日本の福袋です。販売している期間と個数と場所が限られ(時間・量・場所の希少性)、中に何が入っているかわからず(好奇心)、開けるとお買い得商品が入っている(驚き)、見事な設計です。
また自分の実体験として、この記事を書いている日に参加した技術書典というイベントも例に挙げてみます。
さて今日はこれに行ってくる。
— 久津佑介(HisatsuYusuke)🔥プロダクトマネージャー (@Nunerm) April 14, 2019
奥さんに「エンジニア界隈のコミケ」って説明したら苦笑いされた。#技術書典 https://t.co/iV0ESHCgXm
これは年一回、一般の方々が自分でIT技術に関する本を作って売っているイベントで、もちろん手作りなので流通はしていません(時間・量の希少性)。書籍の内容はサイトである程度把握できますが、細かい内容は実際に行ってみないとわかりません(好奇心)。そしてある程度買うものの目星をつけて実際に行ってみると、期待した内容ではない場合もありますが(悪い驚き)、逆にブースが所狭しと置かれている状況によってチェックしてなかった面白い本に出会えます(良い驚き)。
この仕組みによって、1万人以上も集めるビッグイベントになったのだと思います。
17時ちょうどをもちまして #技術書典 6を閉会いたしました。速報値となりますが一般参加者およびサークル参加者を合わせた参加者数は10,260名でした。うち一般参加者は9,330名でした。本日は技術書典への1万名を超えるご参加、誠にありがとうございました!https://t.co/Of6tp6mlkL pic.twitter.com/Tww33wltsU
— 技術書典公式アカウント (@techbookfest) 2019年4月14日
3.自分の顧客の感情にフォーカスせよ
上記の3つの原則は人の感情をベースとしています。UX設計をする際には人間の合理的な判断ではなく、感情にフォーカスして組み立てるべきです。
また各サービスやプロダクト、ブランドによって持つ感情は異なるため、世界共通の解はないのです。自分のサービスの中で試行錯誤し、実験と失敗を繰り返して裏打ちを得る姿勢が求められます。
以上、レポートでした。
この他にも音声ユーザーインターフェース、サービスデザイン、リサーチ、メトリクスの講演があり、非常に学びの多いイベントでした。
このイベントのいいところは、実際に最前線で活躍している人から直接鮮度の高い話を聞けるところです。理論や概念だけでなく合間に入る具体例が本当に参考になります。
また来年も参加します。